2017年04月22日

おむすび」と「音」を想う

去年の2月、
多くの方々から惜しまれつつ天国へ召された
佐藤初女さんは
映画『地球交響曲第二番』にも紹介されて
僕も、偶然、以前
初女さんの講演会に
ある人から誘われ聞きに行って、
終わってからご本人と
少しだけお話しする機会がありました。

全く遠い存在な感じではなく
田舎の優しい温かいおばあさんという印象で、
親しみのある方でした。


心の疲れた方々などが多くの人たちが
初女さんに会いに
青森県の岩木山山麓の
森のイスキアには訪れたそうです。

実際に森のイスキアに訪れた人からも
直接聞いたことがあるのですが、
初女さんは訪れた人たちを
”ただただ”やさしく温かく迎えいれてくれ、
教訓や説教をしたりせず、
”ただただ”耳を傾けて聴いてくれるらしいのです。
そして、”ただただ”
初女さんがひとつひとつ丁寧に心を込めて握ったおにぎりと
その土地で取れた季節の食材を使って
素朴だけど、とても美味しい食事をもてなしてくれるのだそうです。

映画ガイヤシンフォニー(地球交響曲)の監督の龍村仁さんは
エッセイにはこう書かれていました。

「高級な素材を使って趣味の味を競う
名物シェフの料理とは違って、
食べた瞬間に私の生命そのものが歓喜するような゛おいしさ゛、
生きていることへの感謝の想いが、
意識もせず自然に湧き起こってくるような゛おいしさ゛
なのです。」

またこんなエピソードも書いてありました。

「雪の下からほんの少し顔を見せ始めた淡い緑色の蕗のとう。
その側に屈んだ初女さんが、1本の細い枯れ枝を使って
周りの雪を優しくていねいに取り払っています。
佐藤初女さんは食材を単なるモノとは考えていません。
全ては、体も心も、魂を持った生命(いのち)だと考えています。
料理することは、その生命を人間の生命に移し替えながら、
その元の生命(魂)を新たに活かすための営みと思っています。
だからあの゛面倒くさい゛取り方をするのです。
蕗のとうを単なる食材と考えている人や、
高く売ってやろうと考えている人なら、
スコップで一撃を加えアッという間に取るでしょう。
しかしその時なにが違ってくるか。
もしスコップで一撃を加えたなら、
蕗のとうの心は恐怖で一気に萎えてしまうでしょう。
もちろん栄養価など数値で表現できるものは
゛取り方゛で変わるものではありません。
しかし、目には見えない蕗のとうの心、生命力、魂は
明らかに変わってきます」

森のイスキアに訪れた方々に、
初女さんがお出しする温かく心を込めた、
゛おにぎり゛や゛季節の食べ物゛がそこにあって
そして、訪れた人たちと共に
食卓を囲んで楽しく食事をする。。

初女さんはこう語っています。

「おむすびを作るときは、お米の一粒一粒が息ができるようにと思って握ります。
だから、ぎゅっとは握りません。お米が苦しくなってしまうからです。」

ご飯の真ん中に自家製の梅干しを置く。
手に塩をまぶして、お米の粒が、呼吸出来るくらいの力具合で握る。
真ん中に、まるでおむすびのへそのようなくぼみを入れる。
これを初女さんは、「たなごころ(手の心)」と言う。

一粒の米の命にさえ心を配る初女さんの思いが、
おにぎりを通して、食べる人に伝わってくるといいます。

「私には何もないが、心はある。心くばりなら出来る」
そう言いながら、初女さんは、せっせと、おむすびを作る。
初女さんにとって、おむすび作りは、心くばり。。

初女さんは「地球交響曲」の中で

「ある人にあなたにとっての祈りとはなんですか、
と聞かれてとっさに私は、『生活です』と答えたんです。
私は傍から見ているとめったに座って祈らないといわれます。
でも、今ここに本当に食べられないでいる人、病んでいる人がいたときに、
いくら手を合わせて祈っても、思いはその人にすぐには伝わりません。
手を合わせて祈るのは『静の祈り』、
同じことを心に抱きながら行動するのが『動の祈り』だと思っています。
だから、お茶を入れておいしく一緒に飲みましょうというのも祈り。
私にとっては生活すべてが祈りです」

と語っています。

「音楽」「音」と「おにぎり」は
ちがうものではあるけれど

佐藤初女さんが
「食」や「おにぎり」を通して
やられていたことを。。
僕は知らず知らずに
「音楽」や「音」によって
できたら。。と
感じてきたのかもしれません。。

「おにぎり」宿るいのち。。

「音」に宿るいのち。。

それは同じことが実現できるのかもしれない。

でも、とても実際には同じなんて言えないけれど。。
まだ理想…あこがれでしかなく
現実的実際的には近づけてさえもいないから。
いつか。。そういう音が紡げますように。。
生きているあいだにせめて1音でも。

「森のイスキア
心を病んだ人がやって来る。
体を病んだ人がやって来る。
重いのやら、軽いのやら、荷物を背負ってやってくる。
そして
気が付けば、自分で荷物を降ろして帰っていく。」

そういう場所。。

「森のイスキアに自殺を決意していたひとりの青年が、
その結んだ、梅干し入ったおむすびを食べたとたんに
゛おいしい゛と感じ、自殺を思いとどまった」

そういうお話しもあったそうです。

でも初女さんは、自殺を思いとどまらせよう
としたわけでもないと想います。
ただ心を込めて
おむすびをつくって
一緒に食べて
ただそのひとの話に耳を傾けて
同じ時間と場所を共に生きただけなんです。
そう、どんな人、どんな境遇にある人に対しても
変わりなく自然に。。

そんな
佐藤初女さんの「おむすび」
のような「音」が
日本中に。。
願わくば世界中に。。
広がっていくことを祈りたい。。
posted by こころなび at 11:26| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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