2016年02月02日

今日の2日の母の月命日に想う。。

2013年1月2日2時ごろ

年末に帰省してから毎日、母の同じ病室に泊まらせてもらっていて
そばで穏やかに息をひきとり。。亡くなるのを看取ってから・・
3年1ヶ月経った月命日でした。

3年という月日が過ぎたけれど

そう
今年は、正月に母の遺骨が納めてあるお寺に
諸事情があり、行かないでみたけれど。。

ある・・夫を亡くされた女性や、お子様を先に亡くされた方のお話を聴く中で。。

「一般には、時間が心を癒すというけれど、あれはうそね。。
私には、亡くした時から、時間は止まったままなの。。
そう言うと、お友だちなど周りの多くの人は何と言っていいか困らせてしまうのが分かるから
言わないし、元気に見せるけどね。。ここでしか言えないけど」

という言葉が、今の僕にも理解できる気がする。。

そして、想う。

『無理に忘れようとしたり、無理に前向きに元気に生きなければならないと
頑張りすぎる必要はないかもしれませんね。。
忘れられなかったり、前向きに元気に見せられない。。
それは、それだけ、

「大切に想い、愛していたという証(あかし)」

とも言えるのですから。。』


と、今の僕なら、言葉を返すだろうと想う。。

現代は、何にでも”ポジティブ”な精神が良いとされてしまうけれど

「こころ」は、そう単純ではない。。

表面上では、”ネガティブ”に聞こえる言葉の奥には、

とても人間にとって大切な心の深くて広くて、

論理だけでは理解できない

大切な何かがあることを感じとり

それを受け止める。。そういうことが必要なことがある。

なんでも、”分かったつもりにならない”ことが大切だと僕は想っている。

そこから、

本当の

”こころ”に

”いのち”に

触れて、出会うことが始まる。。


それを、母から。。出会ってきた人たちから。。

教えてもらった気がする。


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posted by こころなび at 23:55| 東京 ☁| Comment(0) | こころの臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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