2017年07月11日

あと1週間後の7月18日には、音種♪11周年になります。。

2006年7月18日に


音種♪という活動は


産まれました。


たった4人ほどのメンバーで


第1回音種♪が産声を上げました。


それから、気がつけば10年間が経っていて


去年、10周年を迎えて


それからあっというまに


あと1週間で11周年になる。。


東日本大震災が起きるまでは


第何回目なのか認識できていたのですが


宮城県の石巻へ発生10日後から半年間通って


避難所、病院、福祉施設、など


いろんなところで音種♪を届けていて


その後の混乱の中、回数の把握が分からなくなり。。


今、何回なのかが正確な数がわからないけれど


ちょっと、過去のブログなどからざっくりと


調べたところ


音種♪を


これまで11年間で450回前後は、


お届け続けてきたことになるようだった。。


ただ数の問題ではなく、


1回1回の依頼、1ヶ所1ヶ所、出会ったお一人お一人。。

ひとりひとりの届けてくれる仲間たちの音楽。。

すべてに意味をもって

音種♪という時間が実現できるように

たいしたことはできないけれど

心のエネルギーだけは

1回1回投入はしてきただけで

10年や何回という目標でやってきたわけではないので

振り返ったら

そういう足跡が残っていた。。


ただそれだけのような気もする。。


おととしまでは

7月18日の音種♪の誕生日では

ひとりで

ささやかなお祝いをして

と言っても

ご飯ついでに乾杯(しかもお酒ではない(笑))

していたけれど

去年は、10周年ということで

秩父の音楽寺にお参りに訪れるのに

数人の音種♪仲間も一緒に参加してくれたりして

遠い場所で忙しい中

ほんと嬉しい初めて仲間と過ごす音種♪誕生日だった。


今年は、

7月18日は平日だから

当日は訪れられないけれど

16日(日)か17日(月・祝)には

ちょっと1〜2日早いけれど

音楽寺に、無事に音種♪が1年間届けられたことの感謝と

音種♪に関わってくれた仲間たちの個人の音楽活動、

そして、出会った人たちが

これからも音楽によって幸せに恵まれることを祈りに。。

訪れようと想っています。

これは、もう何年も続けてきたことだから。。

僕にとっては

音楽という存在は

大切な預かりもの。。そう感じることが多いから。。
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posted by こころなび at 01:22| 東京 ☀| Comment(0) | 音種♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

がんの当事者の方やそのご家族、ご遺族の方のための心のサポートの会「がんカフェ」〜急きょ、来週だった予定が今日20日に開催日が変更になりました。

ある病院の緩和ケア病棟(ホスピス)



医師、看護師、音楽療法士などが中心になって

がんの当事者の方、ご家族、ご遺族のために、

悩みや不安を語らう場を提供し、サポートする会である

『がんカフェ スマイルケア』

2011年に立ち上げられて

この会の代表が、

かつて僕が精神科臨床現場で働いていたとき

音楽療法などの担当をしていたときに

パートナーとして共に創ってくれた

長年の友人だったこともあり、

僕はその病院の職員ではないのですが

立ち上げ時から声をかけてもらって、

僕は、第1回開催から、

音種♪や個人臨床依頼など先約が重ならないかぎり

みなさんの心の声をお聴きする

がんカフェのサポートスタッフとして、

参加者の皆さんの語りを

お聴きしています。

今月は、27日開催と聞いていたのですが

急きょ、諸事情で

今日20日13時30分からの開催に変更になったと連絡がありました。

がんの患者さんである当事者の方。。

がんの当事者を支えているご家族。。

そして、がんでご家族を亡くしたご遺族。。



”病気のこと”、

”辛くて悩んでいること”

”将来の不安”

”看病が大変なこと”

”最愛の家族を亡くしたこと”

などなど。。

色々な悩みや思い、

その他、どんなことでも

お茶を飲みながら自由に語り合えます。

心に寄り添う温かい仲間のスタッフが

笑顔でお迎えします。

予約不要で、参加費も無料です。

毎回、初めに30分くらい

多様なテーマや視点や分野の

ミニレクチャーを行っています。

今日のテーマは、

『こころのケア』

です。


皆さんの心に、

温かな感覚と

ささやかにでも照らしだす光が
生まれますように。。祈ります。
posted by こころなび at 11:59| 東京 ☀| Comment(0) | こころの臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

おむすび」と「音」を想う

去年の2月、
多くの方々から惜しまれつつ天国へ召された
佐藤初女さんは
映画『地球交響曲第二番』にも紹介されて
僕も、偶然、以前
初女さんの講演会に
ある人から誘われ聞きに行って、
終わってからご本人と
少しだけお話しする機会がありました。

全く遠い存在な感じではなく
田舎の優しい温かいおばあさんという印象で、
親しみのある方でした。


心の疲れた方々などが多くの人たちが
初女さんに会いに
青森県の岩木山山麓の
森のイスキアには訪れたそうです。

実際に森のイスキアに訪れた人からも
直接聞いたことがあるのですが、
初女さんは訪れた人たちを
”ただただ”やさしく温かく迎えいれてくれ、
教訓や説教をしたりせず、
”ただただ”耳を傾けて聴いてくれるらしいのです。
そして、”ただただ”
初女さんがひとつひとつ丁寧に心を込めて握ったおにぎりと
その土地で取れた季節の食材を使って
素朴だけど、とても美味しい食事をもてなしてくれるのだそうです。

映画ガイヤシンフォニー(地球交響曲)の監督の龍村仁さんは
エッセイにはこう書かれていました。

「高級な素材を使って趣味の味を競う
名物シェフの料理とは違って、
食べた瞬間に私の生命そのものが歓喜するような゛おいしさ゛、
生きていることへの感謝の想いが、
意識もせず自然に湧き起こってくるような゛おいしさ゛
なのです。」

またこんなエピソードも書いてありました。

「雪の下からほんの少し顔を見せ始めた淡い緑色の蕗のとう。
その側に屈んだ初女さんが、1本の細い枯れ枝を使って
周りの雪を優しくていねいに取り払っています。
佐藤初女さんは食材を単なるモノとは考えていません。
全ては、体も心も、魂を持った生命(いのち)だと考えています。
料理することは、その生命を人間の生命に移し替えながら、
その元の生命(魂)を新たに活かすための営みと思っています。
だからあの゛面倒くさい゛取り方をするのです。
蕗のとうを単なる食材と考えている人や、
高く売ってやろうと考えている人なら、
スコップで一撃を加えアッという間に取るでしょう。
しかしその時なにが違ってくるか。
もしスコップで一撃を加えたなら、
蕗のとうの心は恐怖で一気に萎えてしまうでしょう。
もちろん栄養価など数値で表現できるものは
゛取り方゛で変わるものではありません。
しかし、目には見えない蕗のとうの心、生命力、魂は
明らかに変わってきます」

森のイスキアに訪れた方々に、
初女さんがお出しする温かく心を込めた、
゛おにぎり゛や゛季節の食べ物゛がそこにあって
そして、訪れた人たちと共に
食卓を囲んで楽しく食事をする。。

初女さんはこう語っています。

「おむすびを作るときは、お米の一粒一粒が息ができるようにと思って握ります。
だから、ぎゅっとは握りません。お米が苦しくなってしまうからです。」

ご飯の真ん中に自家製の梅干しを置く。
手に塩をまぶして、お米の粒が、呼吸出来るくらいの力具合で握る。
真ん中に、まるでおむすびのへそのようなくぼみを入れる。
これを初女さんは、「たなごころ(手の心)」と言う。

一粒の米の命にさえ心を配る初女さんの思いが、
おにぎりを通して、食べる人に伝わってくるといいます。

「私には何もないが、心はある。心くばりなら出来る」
そう言いながら、初女さんは、せっせと、おむすびを作る。
初女さんにとって、おむすび作りは、心くばり。。

初女さんは「地球交響曲」の中で

「ある人にあなたにとっての祈りとはなんですか、
と聞かれてとっさに私は、『生活です』と答えたんです。
私は傍から見ているとめったに座って祈らないといわれます。
でも、今ここに本当に食べられないでいる人、病んでいる人がいたときに、
いくら手を合わせて祈っても、思いはその人にすぐには伝わりません。
手を合わせて祈るのは『静の祈り』、
同じことを心に抱きながら行動するのが『動の祈り』だと思っています。
だから、お茶を入れておいしく一緒に飲みましょうというのも祈り。
私にとっては生活すべてが祈りです」

と語っています。

「音楽」「音」と「おにぎり」は
ちがうものではあるけれど

佐藤初女さんが
「食」や「おにぎり」を通して
やられていたことを。。
僕は知らず知らずに
「音楽」や「音」によって
できたら。。と
感じてきたのかもしれません。。

「おにぎり」宿るいのち。。

「音」に宿るいのち。。

それは同じことが実現できるのかもしれない。

でも、とても実際には同じなんて言えないけれど。。
まだ理想…あこがれでしかなく
現実的実際的には近づけてさえもいないから。
いつか。。そういう音が紡げますように。。
生きているあいだにせめて1音でも。

「森のイスキア
心を病んだ人がやって来る。
体を病んだ人がやって来る。
重いのやら、軽いのやら、荷物を背負ってやってくる。
そして
気が付けば、自分で荷物を降ろして帰っていく。」

そういう場所。。

「森のイスキアに自殺を決意していたひとりの青年が、
その結んだ、梅干し入ったおむすびを食べたとたんに
゛おいしい゛と感じ、自殺を思いとどまった」

そういうお話しもあったそうです。

でも初女さんは、自殺を思いとどまらせよう
としたわけでもないと想います。
ただ心を込めて
おむすびをつくって
一緒に食べて
ただそのひとの話に耳を傾けて
同じ時間と場所を共に生きただけなんです。
そう、どんな人、どんな境遇にある人に対しても
変わりなく自然に。。

そんな
佐藤初女さんの「おむすび」
のような「音」が
日本中に。。
願わくば世界中に。。
広がっていくことを祈りたい。。
posted by こころなび at 11:26| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする